長岡新聞 2006年5月2日(火)掲載
今年度芸術選奨作「ありす」と長岡との深い縁
     JFBスタジオ主宰かむろ真鶴


 文化庁は3月15日、芸術各分野で優れた活動をした人に贈る芸術選奨を発表しました。其れから1週間後の3月22日、選奨贈呈式とその祝賀会が東京都千代田区の赤坂プリンスホテルで催されました。幸運なことに、私にもその祝賀会にお誘いの声が掛かり、喜んで出席をいたしました。この度現代舞踊部門で文部科学大臣賞を受賞した振付家中村しんじ氏は、実は私達のスタジオと長年に渡り関わりの深い方で、今回は中村氏のご好意によってお招きいただいたのです。会場には各分野の名だたる著名人が参列し祝賀会も一段と華やぎ、中村氏のお陰でこのような会に身を置ける幸せを感じておりました。                     
 文化庁の中村氏への贈賞理由は、これまでにない芸術性と娯楽性にあふれる日本のモダンダンスを次々生み出したことであり、「ピノッキオ」に並ぶ彼の代表作「ありす」は過去5年間に渡る文化庁移動公演で年齢、環境を超えて観客の感動を呼び起こし、ま「WOMAN」に代表されるオペラ、演劇を含むダンスの枠を超えた作品への振付、演出面での功績が評価された、と選奨に書き記されていました。
 この受賞によって、私は初めて中村氏の作品をビデオで紹介された11年前の」ことを懐かしく思い出しました。当時、コンテンポラリーダンス(現代ダンス)に対する一般的な受け止め方は、「分からない」、「暗い」、「色がない」、「抽象的すぎる」などという感想が多く、我々が慣れ親しんできた「幻想的」、「優雅で心地よく」、「楽しいもの」という言葉で表現されるような、いわゆるクラシックバレエが持つ「踊り」のイメージとの距離感に親しめないでいる人が多かったように思います。私は仕事柄海外のコンテンポラリーダンスによる素晴らしい作品を見る機会にも恵まれ感動を覚える機会もしばしばありましたが、それでも好んで劇場に足を運ぶほどにはなりませんでした。
 ある日、わがスタジオのスタッフの一人が「素敵なダンサーがいます。お呼びしてもいいでしょうか」と聞いてきました。スタッフの話では、その人はベルギーで7年間、ベジャールのムードラーをベースにヨーロッパで修行、帰国後は国内で数々の受賞を重ねるベストダンサーで、とにかく素敵な人だということです。ベジャールはダンス界の巨匠、その名と活動は世界的に轟いています。そこで修行した素敵なダンサーなら、と即決。それから時を待たずして中村氏との交流は始まったのです。
 中村氏のプロフィールは輝いていました。日本を代表するベストダンサー賞(江口隆哉賞)や村松賞など大きな受賞歴を待っておられました。ところが、お目にかかってみますと、中村氏は実に開放的で、周りの声に耳を傾け、大きな声で笑い、話し、親しみやすい方なのです。 
 以後、わがスタジオに於いての中村氏は、ダンサーとして活動する一方で振付家として多くの素晴らしい作品を振付発表し、長いお付き合いになったのです。長岡から発信した主なる作品には「禁じられた遊び」、「わたしにキスして」、「ひるえかにもどこ」(こどもにかえるひ)など大作がいくつもあります。
 思い起こしてみますと、中村氏は時々私に「作品を地方から発信したい」という思いを話しておられました。
 そして、2000年の暮れ、長岡市芸術文化振興財団主催の「白鳥の湖全幕」という大きな公演を無事終えて、興奮冷め止まない若者たちは別れ難く、打ち上げ会の会場であったグランドホテルのロビーにいました。時計は深夜を回り、ロビーの明かりが落とされたその薄暗い中で、若者達は肩を寄せ合って中村氏を取り巻いていました。静寂の中の若者たちの期待と熱気。あたかもすべてはその瞬間を演出されたかのように調和し、若者達は真剣な面持ちで中村氏の話しに耳をそばだてたのです。
 「白鳥の湖の初演当時、白鳥はコンテンポラリーだったんだ。俺の作品は、今、コンテンポラリーだけど将来きっと古典になる。」この話を聞きながら、「この厳しい道を一緒に歩まないか」と呼びかけられたように私には思えました。
 早速翌年、中村氏の代表作「ひるえかにもどこ」をスタジオの公演として取り上げたのです。上演の当日、私にとって予期しないことが起きました。上演会場であるリリックホールに現代舞踊協会の代表がおいでになったのです。思いがけないことでびっくりいたしました。後で知ることになったのですが、文化庁企画の全国移動公演に中村氏の「ありす」が候補に上がっていたのです。それに先駆け、現代舞踊協会の代表は、長岡市の財団が中村氏の今上演中の作品「ひるえかにもどこ」を観ることで移動公演開催地として名乗りをあげてくれるかどうかを窺いにきたようでした。幸運なことに「ひるえかにもどこ」は大成功にその幕を閉じました。会場は2公演共に満席、熱い空気に包まれ、舞台の成功、会場の雰囲気の良さに長岡市の財団は移動公演で「ありす」を長岡でも取り上げることに賛成したのです。
 そして、その翌年の10月からまず長岡、富山、東京、静岡を皮切りに南は沖縄、北は北海道まで5年間移動公演は続き、昨年の最終は東北、北海道地区でも開催されました。5年に渡って活動が続けられた中村氏の移動公演の最後ということもあって、私は秋田会場まで応援に行って来ました。長岡より遠く離れた秋田の地、誰も知っている人のいない旅の気安さも手伝い、私は、すっかりお客様になって舞台を観る一方、気になる観客席の対応にいつしか関心が働いていました。
 静かに魅入る子供達の魂はいつの間にか舞台に吸い込まれて、時には声を上げて同化しています。舞台が終わると、いかにも引率されてきましたという感じの、私の隣で観ていた中学生の男子生徒数人にインタビューしてみたい気持ちになりました。どの子もいい表情で、「面白い!楽しい!」と応えてくれるのでした。
 実のところ、今回の秋田への演劇の旅路の際に、私には2006年12月9日、スタジオ26歳の誕生日にこの「ありす」を上演したいという考えがありました。それだけに、この子供達の素直な反応には強い後押しを貰ったのです。
 さて、プロのバレエ団、ダンスカンパニーでもない私たちのようなスタジオがこのような本公演をやることは身の程知らずの無鉄砲、ということを私はいろんな経験、知識から百も承知していました。にもかかわらず、いつも失敗と成功を背中合わせに感じながら果敢に挑んできたのだからこれからもそうしていける、と今になって思うのです。それは、小さい幼児期からダンスを続けている高校生以上がグランドバレエを上演できる程に成長していたからでした。思春期の多感な時期にいい舞台を経験させることで彼らのやってきたことが一生の宝物になるように、そしてその後様々な人生を歩んでいく彼らにこの舞台での体験が大きな自信を与えてくれるように、という願いもありました。
 それは、日本が世界に誇れるほど経済的に豊かであるというものの、毎日流れる事件の数々、なにより将来日本の担い手となる若者が生きる柱を見つけられず戸惑っている、そんな憂慮すべき姿を見て、混乱している時代背景を感じ、「私に出来ることは?」という問いが源泉となっていました。私は、人が本来もっている「しっかりしたい!やった!」という達成感に響くためには芸術の力は大きいと考えています。そして、スタジオの運営もそれに沿って大きな流れを明確に打ち出すようになったのです。趣味、健康のクラス、そしてその人たちのための発表会であるダンスフェスティバル、長く続けて来た人の夢や希望を膨らませるレベルアップしたクラスとその発表の場であるバーニングハートオンステージ。生徒自ら作品を振付けて自ら踊り、仲間に踊って貰う発表の場であるダンスカーニバルは今では55チームほどの参加があります。また、将来指導者やプロを目指す人のための道も整え、生徒たちの限りない夢を実現したい、そんな意欲的な時期に中村氏との交流は重なっていました。 
 さて、これからさらに広がりつつある夢、当スタジオの今後の活動について少し紹介したいと思います。まず、暮れのバーニングハートオンステージはプログラムを「ありす」、「眠れる森の美女より華麗なる三幕」、「鈴木レイ子のジャズワールド」のトリプル・ビルで構成しましたので、現代、古典といろいろなダンスを一度に楽しんで頂けることでしょう。それに先立ち、7月には恒例の夏のダンスフェスティバルを催します。(長岡2回、小出と六日町会場各1回)
 この7月の発表会であるダンスフェスティバルにはとても素敵なゲストを迎えています。それは、上演プログラムのひとつ「白鳥の湖の第二幕」に、当スタジオのプリマ古澤友菜の友人である、キエフバレエ団のソリスト菅野英男氏が友情出演することになり、各地区公演を含めた全会場で王子を踊ってくれることになったのです。プリンシパルに昇格した菅野氏の舞台写真を見ると、高い技術に裏打ちされた美しさがあり、これならクラシックバレエの醍醐味を十二分に見せてくれるのではないか、と今から期待が膨らみます。これもまた、夢のようなお話です。
 このように「長岡にクラシックバレエを育てたい」と公言してから12年、長い道のりではありましたが、確かな足跡が積み重ねられてきました。ことに、長岡のダンス文化開花への道はこうした中村氏のような外部からの刺激、熱意によって質を高め、楽しめる舞台へと発展してきたのです。私は、これからもこうした素敵な出会いに応え、まだまだ特殊な存在である長岡のダンスを地元に伝え育てることに役立ちたいと願います。
 ところで、昨年を以って一応終了した文化庁の移動公演は、その後も多くの皆さんの「上演希望の声」を受けて、再び今年の10月に富山、石川、愛知、群馬と上演されることになりました。続いて、12月9日、当スタジオのバーニングハートオンステージで上演される「ありす」が、今年度の有終の美を彩ることとなったのです。これまた不思議なたのしいご縁を感じています。